COMNEXT(コムネクスト)次世代 通信技術&ソリューション展
2024/6/26(水)-28(金)
東京ビッグサイト 南展示棟

 「5Gの商用サービスをフルに享受できるフルスペック5Gは2030年」と見通しを語るのは、日本の情報通信施策のキーマンである東京大学大学院工学系研究科の森川博之教授だ。国内における第5世代移動通信システム(5G)の商用サービスは、2020年3月に開始され、基地局の整備やネットワークの拡充が進み、5Gサービスが広範囲に提供されるようになった。しかし、今の4Gで十分であり、5Gの必要性をあまり感じない人も多いのではないだろうか。5Gの現状や今後の見通しに加え、どのようにすれば5G普及に向けたイノベーションが生まれるのか、話を聞いた。(聞き手:落合平八郎)


5Gの現状について

 5Gの商用サービス開始にあたり、高速で安定した接続などの先進的なテクノロジーや魅力的なキャンペーンやプロモーションなど各種のマーケティングが功を奏し、大きな期待感を醸成させてデビューを飾ることができたものの、その利便性を享受するような実態がまだ追い付いません。しかし、振り返ると4Gの商用サービス開始のときも様々な課題がありましたが、約10年かけて解決された結果、4Gの性能は飛躍的に向上し、今日のように誰もが外出先でスマートフォンを使って映画を楽しむなどのサービスが普及しました。今の4Gの性能が良いだけに、5Gが本当に必要なのかといったことさえ思うかもしれません。5Gの魅力のひとつはアップリンク(端末側からネットへの通信経路)の速さです。たとえばカメラで撮影した高解像度の映像を端末側から配信するといったことが想定されます。リアリティある映像をもとに災害現場での作業車両の遠隔制御や、難しいメンテナンス作業を遠隔で作業指示するといったことができます。こうした活用を製造業はじめ、小売業や建設、土木といった業界での活用に期待したいですね。

【写真】スマートグラスと高精細カメラを組み合わせて遠隔指示で作業
高精細カメラで撮影した現場の作業をリアルタイムに把握し、スマートグラス上に必要な情報を表示させて遠隔指示する。ローカル5Gであれば高精細映像もスムーズにアップできる。(提供:株式会社ハイシンク総研


5Gの課題と今後の見通しについて

 最近になって、光が見えてきた感じがします。たとえばローカル5Gです。総務省の後押しもあって製造業の現場での活用が増え始めました。使えるぞという手ごたえがある一方でコストの問題がありますが、地道に取り組む前向きな人たちが増えてきました。
 補助金を活用した実証も多くなされていますが、正直なところ、社会実装まで至っていないものがほとんどです。このような状況下であっても前に進めるために大切なことは、社会実装まで至らなかった理由をきちんと把握することです。これを把握することができたのであれば、これこそが成果です。このようなことを積み重ねていくことで、PoC(Proof of Concept:概念実証)で終わってしまう確率を下げることができます。うまくいった事例だけでは大きな進化が期待できません。また、PoCだけにとどまらず、そのサービスの活用が顧客価値の創出にどうつながるのかといった考察が重要です。こうした積み重ねによって4Gと同じように10年くらい時間をかけながら着実に進化させて2030年にフルスペック5Gを目指していきたいです。技術面においては、まずミリ波(5Gで使用する電波の周波数帯)の技術的な課題を克服し、当たり前のように使いこなさなければいけません。これができないとその先にあるビヨンド5G(6G)に利用するテラヘルツ波が使えません。とにかく地道に課題を克服していくしかないのです。

【写真】IoTデザインガールワークショップの様子(出展:5G・IoT Design girlホームページ)総務省などが中心となって始めた女性活躍プロジェクトをキッカケにスタートしたプロジェクトが「5G・IoTデザインガール」だ。ローカル5Gの実証実験に女性活躍プロジェクトの成果が活かされている。


イノベーションを生み出すには人財の多様化が必要

 5Gを普及させていくためにはイノベーションが必要です。経営学者のピーター・ドラッガーのイノベーションの定義の中で、新しいアイデアや気づきについて触れられています。この気づきの確率を上げるためには、固定観念を取り払わなければなりません。そのためには経営学でいうタスク型ダイバーシティが必要です。これは一言でいえば人財の多様性です。多様な知見や能力を持った人が集まることで、イノベーションを生み出しやすくなります。日本では何か課題が起こるとすぐに専門家、スペシャリストと呼ばれる人が会議しますよね。しかし発言が限られ、予定調和のなかで会議が終わってしまうことを経験したことがあると思います。イノベーションを求めるなら、専門家の領域以外の部分を補完してくれるような多様な知識や知見をもつ人財、言い換えれば、テトリスのパーツを組み合わせて価値創出につなげるような人財も必要です。これによって気づきが生まれる確率が上がり、イノベーションの創出が期待できます。昨年、5Gについて専門家が集まる会議に、大手企業に所属する女性たちに参加していただきました。なぜ5Gが普及しないのか意見を求めたところ、「5Gという言葉がよくないのでは?」と指摘を受けました。5Gはあくまでもサービスの基盤です。表に全面に出す必要はないのかもしれません。5Gを実現する側にはない発想でした。目が覚めるような大きな気づきです。新しいことに気づく確率を上げながら、イノベーションを生み出していきたいです。

【写真】森川博之 氏(もりかわ ひろゆき)東京大学大学院工学系研究科教授
1987年、東京大学工学部電子工学科卒。1992年、同大学院博士課程修了。2006年、東京大学大学院教授。モノのインターネット/ビッグデータ/DX、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)会長、総務省情報通信審議会部会長、Beyond 5G新経営戦略センター長、電子情報通信学会会長などを務める。