COMNEXT(コムネクスト)次世代 通信技術&ソリューション展
2025/7/30(水)-8/1(金)
東京ビッグサイト 南展示棟

ネットワークとコンピュータを含む次世代インフラを作る技術「IOWN」とは?|NTT 川島正久氏に聞く

現在、IoTの進展によるネットワーク接続デバイスの爆発的増加等によって、データ容量・電力容量の大幅な増加や通信遅延などの課題が懸念されている。NTTはそうした社会的課題を解決するため「IOWN構想」を打ち出した。「IOWN」とは、ネットワークとコンピュータ・インフラ両方を含んだ次世代インフラを作る技術のこと。従来、通信は光信号、演算処理は電気信号と異なる技術を使ってきたが、「IOWN」では、すべてのデータを光で処理し、「低消費電力」「大容量・高品質」「低遅延」なインフラを実現する。2023年3月、NTTは「高速・大容量」「低遅延・ゆらぎゼロ」を実現する「APN IOWN1.0」を発表。NTT 研究企画部門 IOWN推進室 技術ディレクタ 川島正久氏に聞いた(聞き手:今崎人実)


次世代インフラを作る技術「IOWN」とは?

【画像】IOWN構想

「IOWN(アイオン=イノベーティブ・オプティカル・アンド・ワイヤレス・ネットワーク)」とは、ネットワークとコンピュータを含む次世代インフラを作る技術のことです。現在の通信は、データを一定の大きさのパケットと呼ばれる単位にまとめ、分割・伝送し、受信先の通信回線でデータを組み立てて復元する方法です。パケット通信では、データ流通量の増加により、データが消滅するパケットロス(分割した通信内容のデータが受信先に正常に届かない状態)が発生します。そのため、パケットロスが生じると、データの自動再送による遅延を増大させるというデメリットがあります。
「IOWN」は、現状のネットワークを整備し、ネットワークの特性を生かしたクラウドコンピューティングインフラも次世代化していく技術です。すべての接続を光のダイレクトパス※1へ変換することで、パケットロスによるデータ転送の遅延問題の解決に留まらず、大容量データの転送時間の大幅な短縮もできます。

※1光のダイレクトパス:通信経路の途中で電気に戻すことなく光だけで構成する経路

「IOWN」が出てきた背景とは?

「IOWN」が出てきた背景には、ニーズとシーズ※2両方の観点があります。
まずニーズの点において。AI活用の増加やモバイルの進化によって、ネットワークとITインフラの電力消費が増大する問題が起きています。
2023年頃からAIブームとなり、AIプロダクト開発を希望する企業が増えました。AIは高性能のGPU(コンピューター内の画像処理装置)で学習し、高速演算処理を行うため、高性能なサーバーが必要です。また、データセンター※3の確保とサーバー設置も必須であるため、消費電力も破壊的に増加します。現在、AIブームにより、AI開発に不可欠なGPUカードとサーバーの設置スペースの不足という問題が発生しています。

【写真】小型化された光トランシーバーの構成部品

シーズの観点では、電気信号と光を相互変換するデータ転送デバイスである光トランシーバーの小型化があります。

光トランシーバーの小型化に成功した結果、光電融合チップレット(CPUやGPU、SRAMなどの要素をバラバラに製造し、パズルのように組み合わせた半導体)の生産効率の向上とコストダウンが可能になりました。結果、拠点における光トランシーバー設置においても、費用対効果を高めることが期待できます。
光トランシーバーの小型化を活用しながら、電力消費問題を解決する新しいネットワークを作れる見込みが見えてきた、というのがIOWN登場の背景です。
当社の役割は、誰もが苦労せずに社会参加できるインフラを提供することです。AI開発が特定企業に独占されている状態は、市場を歪めるリスクがあるでしょう。そこで、AI産業のあり方として権力の分散が重要だと考えています。「IOWN」技術の導入によって、様々なAIプロダクト開発が行われ、多種多様な投資によって、人間の問いに対する答えと予測を生み出すことが可能です。当社は、「IOWN」を通じてネットワークとコンピューティングを融合した新たな基盤をつくり、ウェルビーイング※4 に満ちた持続可能な社会・世界を創出していきたいと考えています。

※2 シーズ:研究開発や新規事業創出を推進していく上で必要となる技術・能力・人材・設備
※3データセンター:サーバーやネットワーク機器を設置するために作られた建物
※4 ウェルビーイング:WHOの憲章で定義された言葉で、心と体と社会の良い状態を指す

【画像】IOWNの利点

「IOWN」導入のメリットは、大容量・低遅延・低消費電力である点です。
現在、企業の開発拠点は様々な場所に分散されているため、郊外のデータセンターと接続しAI計算を行うには、コスト面の問題があり難しいとされています。
しかし「IOWN」技術の導入により、コストダウンが可能になり、上記の問題も解決可能です。結果、企業は新規のAIプロダクト開発をオンデマンドで実施でき、産業の活性化にもつながります。
また大幅な消費電力削減が可能になるため、AI計算のリソースの追加とカーボンニュートラルを目指すことも容易になるでしょう。
その他のメリットは、金融業界や行政におけるデータベースの二重化です。データベースの二重化とは、地震のような自然災害のリスクヘッジのため、遠距離の場所にデータベースのコピーを作ることを指します。現状、懸念されるデータベースの二重化における遅延問題も、「IOWN」の利用により、大幅に縮小できるでしょう。ひいてはITシステムの効率性を高め、日本の産業や生活インフラのレジリエンスを向上することが可能です。


「IOWN」を実現するための3つの技術的な要素の中核
「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」とはどのようなものでしょうか?

「IOWN」を実現するための3つの技術的な要素は以下の通りです。

・オールフォトニクス・ネットワーク(APN):すべてに光交換を使ったネットワーク

・デジタルツインコンピューティング:実世界とデジタル世界の掛け合わせによる未来予測等を実現

・コグニティブ・ファウンデーション:あらゆるものをつなぎ、その制御を実現

なかでも、当社が重視している技術がAPNです。現在、インターネットは、光ファイバーの利用が一般的です。光信号は通信キャリアにおいて電気信号に変換後、パケット単位に分割・転送されます。APNとは、電気信号に変換せずに、すべて光のまま転送する方法です。APNを使うと機能やサービス単位で異なる光の波長を割り当て、複数情報を同時に低遅延で送信できます。

2023年3月に、NTT東日本とNTT西日本はAPNを「APN IOWN1.0」としてサービス化しました。また、NTTコミュニケーションズ株式会社も2024年3月に、「APN専用線プラン powered by IOWN」の提供を開始しています。既にAPNは、データセンター接続やエンターテインメント業界で使われています。APNを実験段階で使われたお客さまの反応は、遅延が短いということで高評価でした。
今後は他業種にも広がっていくものと思われます。とくに、データベースの二重化やAI計算において遅延の大幅な縮小は、大きなインパクトを与えるでしょう。


「IOWN」実現のためのロードマップとはどのようなものでしょうか?
また実現するためにどのような取り組みを行っているのでしょうか?

次のステップでは導入事例の主役となる企業に参加していただき、実際の成功事例の増加が重要だと考えています。現在、重点的に行っている導入事例は、金融・放送・AIプロダクトの開発業者です。
まずは金融について。データベースの二重化の遅延解消により、金融インフラの効率化につなげられます。インフラとして「IOWN」を活用すると、AIのコンピューティングリソースも必要時には追加可能になり、デジタルバンキングやAI技術の駆使によって金融サービスの進化も促進できるでしょう。
次に放送について。放送局には、人手不足により中継担当のエンジニアを現場に派遣するのが難しいという問題があります。プロダクションシステムをクラウド上に置いて、リモートからプロダクトビデオの編集操作も「IOWN」によって可能になります。
最後にAIプロダクトの開発業者について。プロダクト開発拠点とデータセンターを結び、必要時にAIの計算手段が使えるようにする導入事例です。
それ以外の導入事例について。不動産事業者は、「データセンター開発(郊外の安い土地を見つけ、データセンターを建設・販売)」を行っています。「IOWN」のAPNを導入することにより、郊外のデータセンターと都心の複合ビル間の接続が可能です。結果、複合ビルのスマート化と郊外のデータセンターに関する床単価の上昇が期待できます。そのため、非常にキラーなビジネスモデルになると考えています。
医療についても、上級の医師がリモートで手術をアシストする遠隔医療が可能です。また「IOWN」技術を活用することにより、重要な医療提供手段として、医師不足の地域へ遠隔診療トレーニングを行うことができます。


「IOWN」を実現していく上での課題は何でしょうか?
また、それに対してどんな取り組みがなされていますか

イノベーションである「IOWN」は、時としてユーザーに「リスキーな技術である」という印象を与える場合があります。そのため、導入事例となる産業の参加を増やすことが一番大きな課題です。それぞれの産業で「避けては通れない課題は何か」を見つけ、課題解決方法となる「IOWN」を提案し、成功事例を作ることが大事だと思っています。後述する「IOWN Global Forum」によって、そうした課題も解決されつつあります。


「IOWN」の今後の展望について教えてください

【画像】今後の「IOWN」技術の展開

現在は超低遅延を可能にする「IOWN1.0」がサービス化されています。「IOWN2.0」になると超低遅延・大容量・低消費電力が実現できます。「IOWN3.0」になるとチップ間光化が可能になり、現状の小型コンピュータで同じ性能を持つようになるでしょう。さらに「IOWN3.0」や「IOWN4.0」では、インターコネクト(信号やデータを相互に送受信できるようにする伝送路)がすべて光になっていくでしょう。


「IOWN Global Forum」とは?

NTT、インテル、ソニーの3社は、「IOWN構想」の実現・普及をめざす「IOWN Global Forum」を設立しました。「IOWN Global Forum」には、現在140企業が参加しています。

「IOWN Global Forum」の活動状況は以下の通りです。

・運営組織: 1週間に一回、運用についての打ち合わせ(1回/週)

・技術的な作業をするワーキンググループ:オンライン会合を開催(1回/月)

「IOWN Global Forum」では、クラウド上にワーキンググループ専用のコラボレーションサイトがあります。ワーキンググループの活動を通し、様々なメンバーが資料を作成し意見交換していく中で、アーキテクチャのドキュメントをアップデートできます。

ワーキンググループは、アジャイル開発※1 のように、以下のプロセスを繰り返します。まずラフに技術のコンセプトを固め、細かな実装仕様までは決めずに、メンバーがコンセプトを作成します。次に技術者メンバーが可能な範囲で開発し、開発結果に基づく新規性能の発見や電力消費削減などの報告を行います。最後に、報告に基づき、当社が技術の中身を組み込んで固めていきます。

例えば、金融サービスにおけるデータベースの二重化についても、導入事例実現のための活動を実施しています。「IOWN」を活用した場合、金融担当者が効果と運用性について確認できるよう、実験の手法について検証している段階です。

※1 アジャイル開発:短いスパンで開発手法を見直す手法


COMNEXTに期待いただいていること、注目したい点はどのようなことでしょうか?

COMNEXTは、日本の半導体および光通信デバイス産業が進化する上で助けになるような展示会であってほしいと思います。自社の技術開発を紹介できる場は、そんなに多くはありません。COMNEXTのような展示会があることによって、様々な企業が技術をアピールする場を持てるというのは大切なことだと思います。このような機会が続いていくことを期待しております。