COMNEXT(コムネクスト)次世代 通信技術&ソリューション展
2024/6/26(水)-28(金)
東京ビッグサイト 南展示棟

 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、ネットワーク技術、セキュリティ、人工知能、衛星通信、量子情報科学などの情報通信分野を専門とする国内唯一の公的研究機関だ。中でも、4Gおよび5Gの通信インフラの進化において重要な役割を果たし、通信規格の開発や通信ネットワークの最適化に貢献してきた。目下、次世代通信であるビヨンド5G(6G)に向けて、これまで利用が進んでいなかったテラヘルツ帯と呼ばれる周波数帯域を使った通信インフラの研究に取り組んでいる。そのテラヘルツ帯研究の第一人者であり、Beyond 5G研究開発推進ユニット長を務める寳迫巌氏は「ビヨンド5Gの世界観を共有し、様々な人たちに参加してもらうことが重要」と語る。話を聞いた(聞き手:落合平八郎)


ビヨンド5G(6G)の世界観とは?

 4Gや5Gのサービスは、技術開発が契機となって新しいビジネスやサービスが普及する、技術ドリブンで積み上げていきました。しかし、振り返って考えてみるとすべての技術が使われたわけではありません。また、通信インフラのキャパが増えたことで音声通話から画像、映像へと扱うコンテンツが広がりましたが、たとえばYouTubeやTikTokといったサービスの出現を予測していたわけでありません。テクノロジードライバーは何だったのかと考えた時期がありました。

そこで、このビヨンド5Gの推進には、従来と違う発想で研究を進めています。2年ほど前にNICTの有志、約150人が集まってホワイトペーパー(白書)を作りました。これは2030年以降の社会生活をイメージしたもので、物語形式でシナリオを描き、それから必要な要素技術を洗い出しました。当初は3つのシナリオとユースケースを作りました。いまは一つ増えて4つのシナリオになっています。このように将来のゴールを置いてそのバックキャストからどういう技術が必要だろうかと整理しました。世界各国の企業や団体がビヨンド5Gに取り組んでいるなか、我々もビヨンド5Gに対して名乗りを上げることができました。

【図】ビヨンド5Gのホワイトペーパーに示されたシナリオ例(出展:NICTのホームページ)。2030年以降の社会生活をイメージした4つのシナリオが示されている。アバターを高度に活用する社会を描く「Cybernetic Avatar Society」、人間活動が月まで広がった社会を描く「月面都市」、時空間同期が実現した社会を描く「時空を超えて」、サイバーお悩み相談室の診断事例を描く「サイバー世界の光と影」のシナリオだ。ホワイトペーパーはNICTのダウンロードサイトで公開されている。https://beyond5g.nict.go.jp/download


ビヨンド5Gによって通信の仕組みはどのように変わるのでしょうか。

 これまでは地上での通信だけでしたが、ビヨンド5Gで期待されている一つが低軌道衛星通信です。低軌道に配置された複数の衛星が連携して、地上と高速でかつ低遅延な通信を実現するもので、これをコンステレーションと呼びます。このコンステレーションによる衛星通信は、遠隔地や離島などの通信インフラが不十分な地域で特に有用です。そうなれば従来のように基地局がないところでも高速なデータ通信や広範な通信インフラを提供できるようになります。もちろん課題もたくさんありますが、とても大きなイノベーションです。

また、デジタルツインが注目されています。これは現実の世界(フィジカル空間)をリアルタイムでデジタルモデルと結びつける技術です。ビヨンド5Gの高速通信とエッジコンピューティングの組み合わせによってリアルタイムにデータ処理し低遅延の応答が実現できるため、現実の状態を正確に把握できます。さらにAIなどの活用により予測分析や制御が可能です。また、高速通信によってデータの遅延がなくなるとネットワーク上の時計の精度が格段に上がります。これによって例えば今いる位置情報が数メートル単位の精度からセンチメートル単位になります。このデータ処理によって位置情報(x、y、z)と時刻情報(t)が得られるので、我々が意識する仮想空間(サイバー空間)のなかにアドレスを振ることが可能になります。フィジカル空間とサイバー空間をまたいで実行可能になることで様々な社会課題の解決にも役立つことが期待されています。もちろん、これらだけではありませんがホワイトペーパーに示したシナリオにはこうした革新的な技術が下支えになっています。

【図】あらゆるシステムの集合体としてのビヨンド5Gの概念(出展:NICT Beyond 5G/6Gホワイトペーパー3.0版)ビヨンド5Gにはあらゆるシステムの集合体として構成される。利用者にとってはこのような複雑なシステムを直接扱うことは不可能であるため、その仲介役としてサービスイネーブラとオーケストレータが存在する。サービスイネーブラは、利用者とサービスレベルの要求を交換するインターフェイスを持つとともに、それをブレークダウンしてオーケストレータに受け渡す。オーケストレータは各システムと共通のインターフェイスによりやりとりを行う。


ビヨンド5Gの実現向けて何が必要でしょうか?

 ホワイトペーパーには、いままで通信に全く関心のなかった人がこれならマネタイズできるんじゃないか、使ってみたいと思わせる要素を持たせています。通信業界に携わっている方はメリットや課題をよくご存じです。ビヨンド5Gには革新的な技術がたくさんありますが、技術の話ばかりでは参入を促せません。例えば小売業の方がビヨンド5Gでこういう仕事をしてみたいという実感をどうもってもらうか、これまで関心のなかった人たちがビヨンド5Gの価値を引き出してくれるように、まずビヨンド5Gの世界観を共有するところからスタートです。最近、ChatGPTが話題ですね。あの開発会社の前にはたくさんの人が集まって、自分はこう使ったとかそういう意見を共有し合うミーティングをしているそうです。中には海外から来る人もいるそうで、利用者が有志で将来の姿を議論しているのです。今のミリ波をうまく使いこなして将来のテラヘルツの活用につなげていくといった技術面の課題は我々専門家の仕事ですが、一方でビヨンド5Gの世界観をこれまで関心がなかった人たちに共有を促し、将来への期待感を醸成させていくことが大切であり、新しいデジタルの民主化の姿なのかもしれません。

【写真】寳迫巌 氏(ほうさこ・いわお)(国研)情報通信研究機構 Beyond 5G研究開発推進ユニット長 テラヘルツ研究センター長(兼務)

1993年東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)。同年日本鋼管(現JFE)入社。1996年郵政省通信総合研究所(現NICT)入所。2013年にNICT未来ICT研究所長、同ワイヤレスネットワーク総合研究センター長を経て、2021年4月よりBeyond 5G研究開発推進ユニット長(現職)。第10回産学官連携功労者表彰総務大臣賞(2011年)。テラヘルツ帯の半導体デバイス・カメラ・ワイヤレスシステム等の研究開発に従事。