COMNEXT(コムネクスト)次世代 通信技術&ソリューション展
2024/6/26(水)-28(金)
東京ビッグサイト 南展示棟

東京大学の中尾研究室は、ローカル5G向けに簡単に整備、運用ができるソフトウェア基地局を開発した。ソフトウェア基地局とは、汎用のシングルボードコンピュータやソフトウェア無線ボード(Software Defined Radio)をソフトウェアで機能させる無線基地局を指す。これまで無線通信の基地局は、各通信事業者が専用に設計した基地局装置が利用されており、柔軟な機能追加が困難であるという課題があった。一方ソフトウェア基地局は、現在の通信規格にも適合しつつ、次世代規格の要素技術も柔軟に機能追加可能な通信機器として進化することができるという。ソフトウェア基地局と次世代サイバーインフラについて、東京大学大学院工学系研究科の中尾彰宏教授に聞いた(聞き手:今崎人実)


ソフトウェア基地局を導入するメリットについて教えてください

ソフトウェア基地局には、次世代規格を取り込むことで進化し続けることができる「機能拡張性」と、ユースケースに応じて適切なチューニングを施すことができる「カスタマイズ性」といった特徴があります。また、汎用のシングルボードコンピュータを利用することから、コスト削減が可能です。このような特徴から、ソフトウェア無線ボードの小型化や、低消費電力のシングルボードコンピュータを採用した低消費電力化の実現により、全体の基地局の大きさを小型化することに成功しました。

【写真】 ローカル5Gの基地局・5Gコア・マルチアクセスエッジコンピューティング「MEC」を一体化した新たな基地局を開発
【写真】 A4判書籍の約3/4のサイズで屋外にも迅速に設置可能な低消費電力のコア一体型、ローカル5Gシステムを開発


また、ソフトウェア基地局では、ローカル5Gの通信を介してインターネット接続がすぐに利用できます。電源の確保が難しく、通信環境が十分に整備されていない山岳地帯でも、ソフトウェア基地局の活用によって、インターネットへの接続が可能です。実際に我々は、富士山において、ソフトウェア基地局とスペースX社が開発した衛星ブロードバンドインターネットサービス「Starlink」の活用により、通信環境の構築が可能であることを実証しました。また被災時などの有事でも、ソフトウェア基地局は「ライフライン」として、一般事業者(自治体・大学・地場産業など)が自ら構築することが可能です。

【図】ローカル5Gシステムと衛星インターネットアクセスサービスの接続の構成

【写真】東京大学と山梨県富士山科学研究所の実験メンバー、富士山5合目にて
【写真】8輪バギーへローカル5G、衛星インターネットアクセスサービスを搭載した有事の復旧、減災活動での情報通信網の運用コンセプトモデル  


ソフトウェア基地局のニーズと今後の展望について教えてください

ソフトウェア基地局は、ドローンを活用した高精細映像のリアルタイム伝送による被害状況把握、ハザードマップの可視化、無人化施工など、災害現場のDX化への効果が見込めると考えています。

また設備の老朽化、現役世代の減少による人手不足が課題となっているメンテナンス業務においても、AI・IoT・ドローン・ロボットなどを活用することでメンテナンス業務の高度化と生産性の向上が可能です。そのため、そういった業務を支えるインフラとしてのニーズがあるのではないかと考えております。

今後はソフトウェア基地局の更なる小型化や低消費電力化を図るとともに、課題解決に直結するカスタム化を進めていく予定です。また、できるだけ汎用の構成部品を用いることで、コスト削減にも取り組みます。ソフトウェア基地局の機能が実装される汎用コンピュータでは、様々なアプリケーションも同居させて実行が可能です。

実証実験を通じ、AIなどを用いたアプリケーション開発も進め、様々なユースケースですぐに利用できる「通信ソリューション」としての実用化を目指します。今後も、地域の自治体や一般企業の方々の課題を正確に把握し、産業振興に結び着く新たな価値創造を進めるため、多くの実証実験を進めて参りたいと考えています。


未来社会を支える「次世代サイバーインフラ」とはどのようなものでしょうか?

【写真】ホロポーテーション × ローカル5Gシステムの実験の様子

未来社会を支える「次世代サイバーインフラ」とは、パンデミックや自然災害、国際紛争等により、行動制約・情報制約が生じる環境においても、生命維持・社会活動を継続可能とする「ライフライン」としての情報通信のことを指します。

現在私たちの社会経済活動は、情報通信によってかろうじて維持されている状況です。企業や組織の活動、および人間の生命維持を、より安心・安全に実現するためには、現在よりも強靭な情報通信インフラの整備・持続が求められています。今後も日本の社会・経済活動を持続的に発展させるためには、そういったミッションクリティカルなインフラをいかに速やかに社会実装できるかが重要です。

次世代サイバーインフラで創造できる価値は4つあります。XRの技術により臨場感を与えることができる「超臨場感通信」や、国土の全てを情報通信インフラでカバーできるような通信技術・手段を実現する「国土の通信カバー率100%」、また、地域創生から社会経済の底上げを実現する「安心・安全な地域社会」やAIを用いた障害予測・自動回復ができる「AIによる堅牢ライフライン」です。


次世代サイバーインフラ創成の課題と展望について教えてください

次世代サイバーインフラ創成の課題は、大きく分けて3つあります。1つ目の「研究」は、ライフラインとしての情報通信の進化を学術の観点から支えること。2つ目の「社会連携」は、産官学民が連携して、未来の社会基盤を創造するための知の創造と集積を行っていくこと。3つ目は、情報通信領域に卓越した「人材の育成」です。

次世代サイバーインフラの創成は、研究やサービス提供だけではなく、産官学民が一体となって推し進める必要があります。そうした課題解決のため、「次世代サイバーインフラ(NGCI) 連携研究機構」を発足いたしました。機構では国内、国外においても次世代サイバーインフラにおける研究を推進し、若手人材の育成や卓越した人材の機構への呼び込みを行っています。また、学会・事業者全体・政府省庁で定期的に情報共有と議論の「場」を設け、次世代サイバーインフラを速やかに社会実装できるよう取り組んでいきます。

【図】2021年4月1日に設立の次世代サイバーインフラ研究機構の概要


展示会への出展にあたり、期待することはどんなことでしょうか?

COMNEXTのような、規模の大きい展示会に出展させていただくことは、より多くの企業、自治体、そして国民の皆様に「ライフラインとしての情報通信」の重要性をご認識いただく良い機会だと考えています。堅牢で、安心安全な次世代サイバーインフラの研究開発を推し進める原動力は、やはり多くの皆様がその必要性を認識してこそ発揮されると思います。

特に、情報通信サービスを既存の電気通信事業者以外も提供可能となりつつある現在においては、これまで考えられなかった情報通信インフラの多様な使い方が生まれてくるのではないでしょうか。当研究室の展示が、そういった次世代に踏み出す一助になれば、と考えております。