電子回路と光回路を一つのシステムに統合する技術「光電融合」とは?|NTT 才田隆志氏に聞く
ICT による変革がもたらされる現代。スマート社会を実現するには、高速にデータを伝送する光通信ネットワークや、高い処理能力を持つ情報処理基盤が必要とされる。NTTはスマート社会を実現するため「IOWN 構想」を発表し、実現に向けて研究開発に取り組んでいる。その研究の柱となるのが「光電融合デバイス」の開発である。光電融合デバイスの取り組みでは、電子処理を前提としていたデバイスの中にも光技術を導入し、新たな情報処理基盤を確立する。NTTは光電融合デバイスの第一弾である光通信ネットワーク用光電融合デバイス「PEC-1」をすでに商用化しており、第二弾、第三弾の開発を進めている。本展で「光電融合デバイスの進展」と題し、セミナー講師も務めるNTT NTTデバイスイノベーションセンタ センタ長 才田隆志氏に聞いた(聞き手:今崎人実)
超低消費電力を実現する「IOWN構想」を支える技術「光電融合」とは
どのようなものでしょうか?
2019年に当社は「IOWN 構想」を発表しました。「IOWN(アイオン=イノベーティブ・オプティカル・アンド・ワイヤレス・ネットワーク)」とは、ネットワークとコンピューティングの両方を含んだ次世代インフラ基盤技術です。IOWN構想を実現するためのキー技術のひとつが「光電融合デバイス」となります。光電融合デバイスとは、電子回路と光回路を一つのシステムに統合したものです。当社は40年近く、光通信ネットワーク向けのデバイス技術、伝送技術に取り組んでまいりました。昨今は、クラウドサービスの普及や生成AIの登場に伴い、取り扱うデータ量は年々増えています。爆発的な増大を続けるデータと演算処理ニーズによって、消費電力もさらに増加していくでしょう。現状のアーキテクチャで、大容量のデータ伝送や膨大な電力消費の課題を解決するのは、限界を迎えつつあります。そのため、当社は、電子回路と光回路を融合した光電融合デバイスの取り組みを始めました。光電融合デバイスを使うことにより、データ伝送速度を向上させることが可能となり、消費電力も低減できます。ひいては、現在のインフラのアーキテクチャを変革して、大容量・低遅延・低消費電力を実現することが可能となります。
「光電融合」が求められる背景について教えてください
前述したように、私たちが使うデータ量は爆発的に増加していきます。たとえばデータセンター・半導体工場の最大需要電力は2030年には現在より400万kW以上増加することが予想されています。このままの状態を放置すると、電力がICT技術による社会課題解決のボトルネックになります。こうした課題を解決する技術的な手段として、光電融合が重視されるようになりました。
※1データセンター:サーバやネットワーク機器を設置するために作られた建物
「光電融合」を活用するメリットについて教えてください
【画像】「光電融合デバイス」のロードマップ
光電融合は、ネットワークとコンピューティング両方で活用が期待されています。
まずはネットワークの面においてですが、高速にデータを伝送するためには、伝送が得意な光回路と信号処理が得意な電子回路を統合した光電融合デバイスが必要になります。当社では光通信に向けた光電融合デバイス「PEC-1」の開発を進めてきており、2023年には1波長当たり1.2Tbpsの速度で動作する光電融合デバイスを世界で初めて開発しました。また小型低電力な用途に向けて、デジタル信号処理回路 (DSP) とシリコン フォトニクスを統合した小型デバイス「CoPKG」も開発しました。こちらも「PEC-1」のカテゴリとなります。これらはNTTイノベーティブデバイス株式会社において商用化されています。NTTイノベーティブデバイス株式会社は、NTTエレクトロニクス株式会社にNTT研究所のデバイス開発チームが加わって設立され、光電融合デバイスなどデバイスの設計開発、製造、販売を担っています。私たちがPEC-1と呼ぶ光通信用光電融合デバイスは、新たなネットワーク基盤である「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」で使われて、データの伝送速度の大幅な向上と低電力化を可能にします。
「PEC-2」以降はコンピューティングの革新を狙います。PEC-2はボード間の通信を担う光電融合デバイスです。一例として、図面の真ん中にあるものはレイヤ2(L2)スイッチ※2で、周りには16個のシリコンフォトニクスを用いた光エンジンがあります。この光電融合型スイッチは光ディスアグリゲーテッドコンピューティングを可能とします。
※2レイヤ2(L2)スイッチ:ネットワークを中継する機器の一種で、レイヤ2(データリンク層)レベルで行き先を振り分けてくれるスイッチ
「光電融合」技術を活用した「ディスアグリゲーテッドコンピューティング」とは?
【画像】従来のサーバ構成とディスアグリゲーテッドコンピューティングの比較
現状のハイパフォーマンスコンピューティング※3では、CPUやメモリ、グラフィックアクセラレータ※4がサーバに搭載され、演算処理をします。これに対し「ディスアグリゲーテッドコンピューティング」では、CPUやメモリなど計算機リソースをプールし、光で内部接続を行うことで箱の単位を超えて、ラックスケールで構成の最適化をします。その結果、省電力かつ高性能なコンピューティングが実現できます。このためにボード間を接続するPEC-2の開発、さらには半導体パッケージ間を接続するPEC-3、半導体のダイ間を接続するPEC-4の研究開発を進めています。
※3:ハイパフォーマンスコンピューティング:データの処理と複雑な計算を高速で実行する機能
※4:グラフィックアクセラレータ:画像の表示に関する処理をCPUの代わりに行うボードやチップ。
「光電融合」になると関わる材料、装置、評価分析機器などの変化はあるのか?
例えばどんな材料に変わっていくのか?
PEC-1やPEC-2では、シリコンフォトニクス技術を使っています。シリコンフォトニクスとは、通信波長帯(1.3~1.5 μm)において透明なシリコンを光集積回路のプラットフォームとして活用する技術のことです。その先のPEC-3やPEC-4では、さらなる小型化と低電力化のために、化合物半導体も使います。これにより高速な変調器や低消費電力なレーザが実現できます。今後は、シリコンフォトニクスと化合物半導体が融合していくようになるでしょう。
もう一つ重要な観点は量産技術です。光回路部分の量産技術は電子回路の量産技術と比較するとまだまだ未熟です。光電融合技術を進める上では光回路部分の量産技術を高めることが重要です。このため、量産技術や半導体に強みを持つパートナー企業と協力して研究開発を進めています。
【写真】シリコンシリコンフォトニクスチップの外観
「光電融合」を実現していく上での課題は何でしょうか?
ひとつは先ほど申し上げた量産性です。光回路部分の量産性を大幅に向上させていく必要があります。組立、検査など量産性の観点からの革新が必要です。もう一つは信頼性です。光ディスアグリゲーテッドコンピューティングでは多くの光電融合デバイスが使われることになります。そのためには、一つ一つの素子の信頼性を高めていく必要があります。
「光電融合」の今後の展望について教えてください
近い将来、光回路と電子回路を統合する光電融合デバイスを利用するのはあたりまえの状態になってくると思います。
既に光通信ネットワークでは多くの光電融合デバイスが利用されており、さらに高速化、低電力化に向けて進化しています。ボード間や半導体パッケージ間、ダイ間を接続する光電融合デバイスの活用はこれからですが、前述した低電力化に向けたキー技術であり、当たり前のように使われるようになると考えています。
また、最近の自動車は高解像度カメラやミリ波レーダ、超音波センサなど多くのセンサを搭載しています。これらの情報のやりとりにも光電融合デバイスが使われるようになると考えています。
今回のセミナー内容について教えてください
今回のセミナーでは、光電融合のロードマップについてご説明したいと考えております。当社がどのような研究開発を行っていて、現状、どの段階であるのか、将来の展望などについてご紹介する予定です。
COMNEXTに期待いただいていること、注目したい点はどのようなことでしょうか?
以前から最新情報収集のため、COMNEXTに参加しております。情報収集や人脈獲得の場として非常に良いと感じています。実際に、販売を担当するグループ会社が製品を展示しており、当社が取り組んでいる研究開発を知っていただく良い機会だと思っていますね。今回も、そういった面において幅広い方々との出会いがあることを期待しています。