COMNEXT(コムネクスト)次世代 通信技術&ソリューション展
2025/7/30(水)-8/1(金)
東京ビッグサイト 南展示棟

光通信衛星や成層圏プラットフォームHAPSを手掛ける「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想」とは?
(株)Space Compass 代表取締役Co-CEO 堀 茂弘氏とCEO補佐 山本 洋平氏に聞く

株式会社Space Compassは通信ネットワーク構築に強みを持つNTTと宇宙事業に強みを持つスカパーJSATが50%ずつ出資し設立された合弁企業。新たな非地上インフラ「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想」の実現のため、宇宙データセンターと宇宙RANを主軸とした事業開発を進めている。宇宙RAN事業では、HAPS(High Altitude Platform Station:成層圏プラットフォーム/高高度プラットフォーム)による災害対策や通信エリアのカバレッジ拡張に取り組んでおり、今月2024年6月に、同社とNTTドコモは、エアバス・ディフェンス・アンド・スペース子会社のAALTO HAPS Limited.(AALTO)に対する最大1億ドルの出資を発表した。Space Compass 代表取締役 Co-CEO 堀茂弘氏とCEO補佐 山本洋平氏に聞いた(聞き手:今崎人実)


Space Compassの役割とは?

【画像】Space Compassによる宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想©Space Compass

現在、日本には環境問題、気候変動・エネルギー、自然災害、安全保障など様々な社会課題があります。Space Compassは、こうした課題を空から解決するインフラを作る目的で、2022年7月に衛星通信のオペレーターであるスカパーJSATと地上系通信のオペレーターであるNTTが50%ずつ出資して設立されました。衛星通信と地上系通信の技術は将来的に融合することが予測されます。そこで、NTTとスカパーJSATは最先端の技術を活用し、世界に先駆けて事業の融合に乗り出しました。衛星と地上のオペレーターがベンチャー共同事業を行うようなことは海外においてもレアケースだといえるでしょう。2社がタッグを組み、宇宙空間と地上のネットワークを融合することによって、よりレジリエントで持続可能な社会の実現を目指しています。


宇宙における大容量通信を可能とする「宇宙データセンター」とは?

【画像】光データリレーサービスとHAPSサービスの構築©Space Compass

Space Compassは、今後の社会的なニーズを見据え、宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構築に向けた第一歩として2つのサービス開始を目指しています。ひとつは宇宙データセンター事業による「光データリレーサービス」です。光データリレーサービスは、レーザー光線のような光無線通信(上図の黄色の線)で、衛星間や衛星-地上間をつなぎます。もうひとつは宇宙RAN事業によるHAPS(成層圏プラットフォーム)サービスです。成層圏に空飛ぶ基地局HAPSを設置し、地上のモバイルエリアのカバレッジ※1を拡張します。HAPSは、地上からの距離が低軌道衛星より短いため、そのメリットを最大限活かしたインフラを提供することが可能です。

※1カバレッジ:携帯電話の電波や無線通信の送受信が可能な地理的な範囲


光データリレーサービスの仕組みはどのようなっているのでしょうか?

【画像】光データリレーサービス©Space Compass

Space Compassの光データリレーサービスは、低軌道(LEO: Low Earth Orbit)を周回する観測衛星が集めたデータを、静止軌道(GEO:Geostationary Orbit)の光データ中継衛星を経由して、地上にリアルタイムに高速伝送する仕組みです。
観測衛星による撮影画像は災害や紛争などのニュースで頻繁に使われるようになりました。LEO観測衛星は地球を周回し、90分で地球を1周しますが、1周している間に地球が自転するので、少しずつ移動しながら飛んでいます。地球規模でデータ取得ができるメリットがある一方で、地球を移動しながら周回しているため、特定の地上局にデータをダウンロードするのにタイムラグがあるのがデメリットです。例えばデータ取得のタイミングが地上局のない太平洋上の場合、衛星画像を地上に送ることはできません。そのため、観測衛星による撮影と地上のデータ受信にはズレがあります。今年1月の能登半島地震のときも、被災地の状況を画像として提供するのに約1日かかりました。しかし災害は初動が大事です。観測衛星を増やし頻度を上げたとしても、地上局の制約があり、問題は解決しません。当社が提供する光データリレーサービスは、観測衛星が取得したデータを、Space Compassの光データ中継衛星を経由し地上にデータをリアルタイムで伝送する仕組みです。通信能力も向上させ、大容量のデータを高速で伝送することができます。


光データリレーサービス提供に向けた活動について教えてください。

【画像】宇宙からの地球観測画像例(光学カメラ) ©Axelspace

打ち上げコストの低減と低軌道衛星サービスの立ち上がりにより、この10年で衛星数は何倍にも増えており、これからもますます増えていくことが予想されます。光データリレーサービスの提供に向けて世界中の観測衛星事業者と提携議論を進めております。


HAPS を含む非地上ネットワーク「宇宙RAN事業」について教えてください

【画像】AALTO社のHAPS機体 「Zephyr」 ©AALTO

宇宙RAN事業の中で現在取り組んでいるのは成層圏を長期間滞空できる無人航空機HAPSを活用し通信・観測サービスを提供することです。HAPSは、成層圏プラットフォーム/高高度プラットフォームと呼ばれており、偏西風や大気の対流の影響が少ない成層圏の中間域(地上から約20km)に無人航空機を定点で滞空させ通信やリモートセンシング等を実現するシステムを指します。

【画像】成層圏に位置するHAPS ©Space Compass

当社が2024年6月3日に発表した業務提携先であるエアバス子会社のAALTO社が開発するHAPS無人航空機 「Zephyr」(ゼファー)は世界最長のフライト記録を持ち、約2ヶ月間の飛行実績があります。この業務提携によりHAPSの早期実用化を目指しています。
HAPSは低軌道衛星と比較し、地球からの距離が10分の1以下であるため、スマートフォンと直接接続できる点が強みです。HAPSが実用化されれば、多くの携帯事業者や様々な産業における企業、自治体などにとって通信のあり方を大きく変える可能性があると考えています。
また、HAPSは携帯基地局としての役割をもっているほか、観測可能なプラットフォームとしての利用も可能です。


HAPSを導入した場合の事例について教えてください

【画像】HAPS活用の事例©Space Compass

過去の災害復旧において、NTT東西の地上ネットワークの復旧、NTTドコモによる移動基地局、衛星通信、船などあらゆる手段が活用されました。しかし、道路網や電力網の復旧の遅れによる通信網の復旧の遅れが引き続き大きな課題となっています。被災した場合、緊急通報やデータ通信ができることは非常に重要です。今後はHAPSにより復旧が不十分なエリアのカバレッジを拡張し、災害復旧レベルの向上が期待できます。
初期段階では約直径100kmのカバレッジを提供できると見込んでいますが、もし能登半島地震でHAPSを展開できていたとしたら、富山湾に1基飛ばすことで概ね全半島をカバーできる範囲となります。被災地エリアで地上のインフラが壊れても、HAPSはソーラーパネルによる自家発電で通信を提供し続けることも可能です。HAPSは地上のインフラに左右されないため、災害復旧に役立つでしょう。
また、全国には離島を含め、未だにアナログ回線が残っています。地上では海底ケーブルを引いたり、マイクロ波伝送をかけたりして離島を無線で結んでいます。今後、人口減少社会が来ることは確実ですが、インフラ維持を考えていく上でも、HAPSのような先端技術を用いることで、より効率的なネットワーク構築が期待されます。
また、HAPSは携帯基地局としての役割をもっているほか、観測可能なプラットフォームとしての利用も可能です。


HAPSを展開していくうえでの課題はどのようなことでしょうか?

【画像】HAPSサービスメニュー©Space Compass

(1)技術的な課題(2)制度的な課題があります。

まずは(1)技術的な課題から。HAPSはまだ開発途上の技術です。シーズンによっては日本の広範囲で飛行できますが、北関東から北海道の北日本エリアについては年中飛行が可能なレベルではありません。1年を通して北海道でも飛べるような機体に改善していく必要があります。2026年から事業を開始し、主に南日本の離島から徐々に北日本へとカバー可能エリアを拡大し、2030年頃には北海道までカバーできるシステムにアップグレードしていきたいと考えています。
また、現時点のHAPSは基地局機能が地上にあるベント・パイプ方式※2であり、将来的には基地局機能を搭載していきたいと考えています。基地局機能が搭載されるとHAPS1機の通信カバレッジが現在の直径約100kmから大幅に拡張され、経済性も向上できるはずです。
次に(2)制度的な課題について。成層圏を飛ぶ飛行機は、電波法や航空法などの制度面をクリアしてく必要があります。この点については幸い主管官庁の皆様とは前向きな議論を進めることができています。

※2ベント・パイプ方式:地上から送信した信号をそのまま折り返す方式


AALTOに最大1億ドルの出資を決めた理由は?

【画像】離陸後のHAPS Zephyr @AALTO

衛星による国内通信サービスについては、スカパーJSATを中心に既に事業が展開されている一方、低軌道衛星コンステレーションによる新たな通信サービスなども生まれており、非地上系ネットワーク(NTN)サービスはより多様化、多層化していくことが見込まれます。
そこで当社は、新たな軌道領域である成層圏にプラットフォームを持つ必要があると考えました。当社は航空機メーカーではないため、航空機に関する知見を持つパートナーと組む必要があります。大手航空機メーカーであるエアバスの子会社AALTOの持つHAPS機体「Zephyr」(ゼファー)は圧倒的な飛行実績を持っており、同社と協議を重ねていく中で、より提携を深めて事業化していくべきだと思うようになりました。また、HAPSを用いたサービスのオペレーションによって、HAPSインフラを日本だけではなく世界のマーケットに広げていこうという考えも一致していました。そのような理由で、AALTOと、資本業務提携することに至ったわけです。HAPS に対してはまだ懐疑的な意見もあるのも認識しています。しかし、我々はこの新たなプラットフォームの構築にチャレンジするつもりです。将来HAPSが当たり前のように空を飛び、新たなインフラとして稼働する世界になったら、HAPSが社会課題の解決に欠かせないものだと世の中は気づくはずです。そのような気概を持って全力で取り組んでまいります。


COMNEXTに期待いただいていること、注目したい点はどのようなことでしょうか?

COMNEXTは通信事業界の方が多く集まる展示会です。HAPSプラットフォームのケイパビリティに興味を持っていただき、HAPSソリューションが社会課題の解決に役に立つことを認識していただけたら嬉しいですね。「一緒に日本発のHAPSを使ったサービスを作ってみよう」と賛同していただき、新しい仲間ができることを期待しています。