宇宙光通信の技術、そして技術がもたらす社会的利益|Space Compass古川操氏・荒木智宏氏
これまで、人類が構築してきた通信網は、地上や地中、海底が主であった。しかし21世紀に入り、宇宙で通信を媒介するケースが以前よりも増している。たとえば、移動通信の端末(携帯電話)を人工衛星と接続し、広い範囲でコミュニケーションが可能になったことが挙げられるだろう。
こうした宇宙での通信を事業とするのが、NTTとスカパーJSATの合弁で立ち上がったSpace Compassである。HAPS(成層圏プラットフォーム)と移動通信との接続、さらに宇宙空間の光通信では地球観測衛星のデータを迅速に入手できる技術などを有する。
Space Compass 宇宙DC事業部 事業開発部 部長の古川操氏、同社 宇宙DC事業部 上席技術主幹の荒木智宏氏に、宇宙光通信とそれがもたらす社会的利益について、聞く。(聞き手:藤麻迪)
◆セミナー情報◆
<FOE-5>2025年07月31日(木)|12:15 ~13:00
講演テーマ:Space Compassが目指すマルチオービット構想と宇宙光通信技術の最新動向
(株)Space Compass 宇宙DC事業部 上席技術主幹 荒木 智宏
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宇宙統合コンピューティングネットワーク構築で行われている2つの事業
古川操氏(以下、「古川」):Space Compassは2022年、NTTとスカパーJSATの合弁企業として設立しました。NTTが構築してきた地上ネットワークとスカパーJSATの宇宙ネットワークを統合し、非地上の、宇宙統合コンピューティングネットワークをつくることを目的としています。
そのために現在、進めている事業は2つあります。
1つ目は「宇宙DC事業」です。DCとは、データセンターの略。打ち上げた人工衛星を光通信で結びつつ、コンピューターを衛星に搭載して宇宙にデータセンターを構築するというもの。私や7月31日にCOMNEXTで講演する荒木も、こちらの事業部におります。
もう1つは、「宇宙RAN事業」。こちらは、HAPSとモバイル端末とをダイレクトにつなぐものです。
では、こうしたネットワークを築いた先に、何があるのか。光ファイバーによる通信が当たり前になるなど地上のネットワークはかなり充実しましたが、それに非地上のネットワークが組み合わさることで、さらに広いエリアのカバーにつながります。
分かりやすい例として、災害が起こり地上のネットワークが寸断された場合、非地上のネットワークで通信を維持できます。また、最近は国内外で山火事が頻繁に起こっています。こうした、一般の人々が足を踏み入れない場所で起こっている問題を、人工衛星での監視、あるいは、ドローンや消防など安全を守る人の通信を確保 することで、都市部に被害が広がることの予防となるでしょう。
宇宙DC事業は2027〜2028年にかけて開始予定、宇宙RAN事業は2026年に開始し順次サービスを拡大していく予定です。
宇宙での光通信はどのように行われているのか?
古川:7月31日の荒木の講演のテーマは、「Space Compassが目指すマルチオービット構想と宇宙光通信技術の最新動向」です。また、この記事でも宇宙光通信について、説明できればと思います。
宇宙で光通信ネットワークを構築するという発想は、かなり最近、生まれてきたものです。
SpaceXのStarlinkが現在、人工衛星間の光通信の実利用を行っている段階です。Space Compassや世界各国の企業が、これに追いつき追い越そうとしている状況となっています。
少なくとも、商用で事業化しようとしている企業としてSpace Compassは世界的に先発している会社であると、自負しています。
荒木智宏氏(以下、「荒木」):実際にはどのように宇宙空間で光通信が行われるか、説明します。
まず、地上での光通信というと、光ファイバーを思い浮かべる方がいるでしょう。しかし、光ファイバーは当然、有線での通信となるので、軌道上を動き続ける人工衛星の光通信には利用できません。
そこで、宇宙での光通信は無線での通信となります。宇宙光通信は、地球と人工衛星間との通信の他、月や火星、小惑星といった非常に遠い場所との通信を想定するものです。
実のところ、光ファイバーは指数関数的に伝送ロスが生じるので、遠距離になると距離の二乗で伝送ロスが生じる無線よりも伝送ロスが非常に大きくなってしまうので、たとえ物理的な課題をクリアできても、超長距離伝送となる宇宙光通信には向かないのです。
反対に無線での光通信は、光ファイバーより超長距離では伝送ロスが少なく、距離の二乗で損耗は増えていくものの、それが距離によってどの程度になるか計算しやすいものとなっています。
では、宇宙光通信ではどういった無線を使うかというと、赤外線通信となります。受信する際は、人工衛星に搭載した高精度な望遠鏡で集光し、さらに光を信号へと変換します。
そう聞くと非常に難しい技術と感じる方もいるかもしれません。しかし、私たちの身近なところでも赤外線通信は行われており、たとえばテレビやエアコンのリモコンが該当します。
もちろん、超長距離で精度の高い通信を行うには先進的な技術が使われていますが、ベースとなるのは地上で広く利用されている技術なのです。
これまで最大半日かかっていた人工衛星のデータ取得をどう短縮するか?
荒木:先程、古川より災害で地上ネットワークが途絶した場合の通信の維持、という話がありました。それとともに災害時、人工衛星を活用する方法となるのが、地球観測衛星で地上の状況を把握するという用途です。
現在、数百機の地球観測衛星が軌道上にあるといわれます。これらを使い、津波や洪水での浸水状況、土砂崩れでどのように土砂が広がっているか、二次被害の可能性はないか、といった観測が可能です。
しかし、課題があります。
ある地球観測衛星が取得したデータを地上で受け取ろうとしても、それは衛星の受信アンテナ上空通過時にしかできません。人工衛星が上空を通過するのは、1日に数回です。
そのため、災害が発生し、地球観測衛星が地上の状況を撮影、そして地上でデータを取得するまで、数時間から最長で半日かかる場合があるのです。これでは、どれだけ地球観測衛星があっても迅速な状況把握とデータの活用にはつながりません。
そこで、人工衛星の取得したデータをすぐに地上へ送るための方法となるのが、宇宙光通信です。
例として、日本の企業や官公庁が人工衛星のデータをすぐに欲しい、という状況があったとしましょう。一方、軌道上を飛んでいるものの次に日本上空に差し掛かるのが数時間後という地球観測衛星と、日本上空にいる宇宙光通信を中継する役割を持つ静止衛星があるとします。
この地球観測衛星から日本上空の静止衛星に、光通信でデータを伝送。さらに、静止衛星から地上局へ伝送すれば、すぐに人工衛星のデータに触れられるのです。
すでに、合成開口レーダー を搭載した人工衛星を運用する日本企業、地球観測衛星を運用 する日本企業が、この光通信ネットワークを利用の検討を進めています。
また、単にネットワークを構築するだけではなく、通信の速さも追求しています。
現在、米航空宇宙局(NASA)が運用する宇宙空間での通信ネットワークが「TDRS」です。この通信速度は数百Mbpsといわれています。
しかし、Space Compassの宇宙光通信は、1Gbps以上と地上の光インターネットと同等のスピードを実現しようとしています。将来的には、数十〜数百Gbpsを目指していきます。
強力な海外勢が存在する宇宙事業でSpace Compassはどう戦う?
古川:現在、宇宙関連の事業は、イーロン・マスク氏率いるSpaceXやジェフ・ベゾス氏率いるKuiper Systemsなど、いわゆるビッグテックが存在感を示しています。彼らが、採算度外視で資金を投入し市場で優位に立とうとすることも、考えられるでしょう。
しかし、私たちは社内で、そういった海外勢を「正しく恐れよう」「同じ闘い方はしないようにしよう」と声を掛け合っています。
では、どういった戦い方をするのか。
トランプ米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の関係が若干、悪化した際、当時、米政権内部にいたマスク氏は、ウクライナ国内ではStarlinkの通信を遮断すると示唆しました。その後、動きは見られないので、実際には遮断されなかった可能性はあります。
しかし、海外企業に頼り切りであるとリスクが生じると感じた方もいるかもしれません。ここに、海外企業と真っ向から戦わなくても、Space Compassなりの事業のやり方があると思うのです。
たとえば、災害の多い日本であれば、国として非地上のネットワークインフラを持っていたほうがよい、という考えに至る場合があるでしょう。ここまで紹介したように、Space Compassのネットワークは、災害で有用なものです。
こうしたインフラ整備のフィールドで、安全、安心できるネットワーク環境を提供していき、さらに同じ思いを持った企業との協業をしていけば、SpaceXやKuiper Systemsとは別の方法で成長していけると思っています。
なお冒頭で、宇宙光通信などの宇宙DC事業とHAPSを利用した宇宙RAN事業という2つの事業がSpace Compassにあると、説明しました。もっとも現在、海底ケーブルなどでつながっている世界の通信を、宇宙、空中で行いたいというのが、私たちの思想でもあります。
よって究極的には、モバイルと人工衛星のダイレクトアクセスを行う可能性も考えられます。その際にも、やはり安全、安心できる通信をさまざまな方々に提供していきたいです。
COMNEXTは宇宙光通信の魅力を知れる場に
荒木:COMNEXTの講演では、ここまで述べた宇宙光通信について詳しく取り上げる他、「捕捉追尾」について説明しようと考えています。
宇宙光通信は細いビームがまっすぐ進んでいくものですが、それは少しのずれが相手に届く際は大きなずれになってしまうことがあるのです。さらに、人工衛星も動いているわけですし、地上局も地球が自転しているので動いているといえます。
こうした中で、宇宙光通信では捕捉追尾を行うことが不可欠です。昨年、COMNEXTでSpace Compassの田中(良太氏)が回線設計の講演をしました。回線設計と両輪を成すものとして、宇宙光通信、さらにそこでの捕捉追尾をお話できればと思います。
私は旧宇宙開発事業団(NASDA)に就職して、最初の仕事が宇宙光通信でした。それから30年以上経ちますが、宇宙光通信に注目が集まるようになったのは、ここ数年のことです。
そのため、まだプレイヤーが少ないと感じています。企業にしても、エンジニアなどの個人にしても、COMNEXTで宇宙光通信の魅力を感じてもらえればと考えています。
結果、リクルーティングやビジネスの成果につながれば、ありがたいです。
◆セミナー情報◆ ※講演は終了しました
<FOE-5>2025年07月31日(木)|12:15 ~13:00
講演テーマ:Space Compassが目指すマルチオービット構想と宇宙光通信技術の最新動向
(株)Space Compass 宇宙DC事業部 上席技術主幹 荒木 智宏
COMNEXT(コムネクスト)とは
COMNEXT(コムネクスト)とは、光通信技術、高周波技術、ネットワーク設備・配線施工、ローカル5Gなどの次世代通信技術・ソリューションに特化した専門展示会です。最新技術の実機デモや製品が多数展示され、世界中から情報を求める来場者が集まる国際商談展です。
併催セミナーでは業界のキーマンによる講演を多数開催します。(2025年は55本の講演を実施)業界の最新動向や研究開発の現状、各社の取組み事例を紹介しています。
展示会名
COMNEXT 第4回[次世代]通信技術&ソリューション展
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