スマートファクトリーのリアルタイム制御と遠隔オペレーションが進まない理由 三つの壁で整理する導入課題
はじめに
スマートファクトリーの構築において、リアルタイム制御と遠隔オペレーションは中核をなす技術です。しかし、構想段階では魅力的に映る仕組みも、導入・運用の段階で思わぬ壁に直面するケースが少なくありません。通信や制御の技術だけでなく、既存設備との相性や運用体制まで含めて噛み合わなければ、期待した効果は得られないからです。
遠隔オペレーション導入課題はどこにあり、なぜ事前の検討や比較だけでは判断しきれないのでしょうか。本記事では「技術」「現場」「運用・体制」の三つの壁に整理したうえで、カタログやWeb情報だけでは見えにくい適合性の問題と、実機で確認・比較する手段について順を追って説明します。
スマートファクトリーの前提整理
リアルタイム制御が求められる背景
スマートファクトリーでは、センサーやアクチュエータと上位システムとの間で遅延を最小限に抑えた通信が求められます。制御信号の遅延を極力抑え、決められたサイクル時間内で通信を完了させる「リアルタイム性」に加え、工場のノイズや高温などの過酷な環境下でも安定動作する「耐環境性」、長期間の連続稼働でも通信が途切れない「高信頼性」が産業用ネットワークの基本要件です(参照*1)。
こうした要件を満たす基盤技術として、時間に厳密なネットワーク規格(TSN:Time-Sensitive Networking)が注目されています。TSNは、制御システムであるOT(Operational Technology)と情報システムであるITを、単一のイーサネット基盤上に統合する技術です。これにより、製造現場のリアルタイムデータをMES(製造実行システム)やERP(統合基幹業務システム)などの上位システムで即座に活用できる環境が整います(参照*2)。リアルタイム制御は単なるスピードの話ではなく、工場全体のデータ活用と一体で考える必要がある領域です。
遠隔オペレーションの期待と現実
遠隔オペレーションは、作業者の安全確保や人手不足への対応策として期待されています。たとえば、日本無線株式会社のローカル5Gを活用した遠隔操縦では、クレーン操作での作業効率の向上や操作者の安全性改善といった効果が挙げられており、大容量・低遅延による高信頼な通信環境が前提となります(参照*3)。
しかし現実には、工場内には電波の障害となる金属やコンクリートで覆われたプラントが多数存在します。NTT東日本と株式会社日本海水の事例では、工場でWi-Fiで無線環境を整備しようとするとアクセスポイントがかなりの台数必要になると想定されたうえ、移動中にアクセスポイントが切り替わると通信が途切れてしまい実用的ではなかったと報告されています(参照*4)。遠隔オペレーションの導入課題は、技術のスペックだけでなく、現場の物理環境との整合性に深く根ざしています。
第一の壁:通信・制御の技術課題
遅延とジッタが制御に与える影響
リアルタイム制御において、通信の遅延(レイテンシ)と遅延のばらつき(ジッタ)は品質を左右する根本的な要因です。TSNでは、ネットワーク上のデータがどれだけの時間で届くか、その遅延やばらつきがどの程度になるかを正確に把握できるよう設計されており、時刻同期とトラフィック優先制御によって確定的な通信性能を実現しています(参照*5)。
一方で、5Gの無線区間を経由する場合には事情が異なります。コーネル大学の研究では、5G固有の確率的な遅延やジッタがTSNのスケジューリングを乱すため、TSNスイッチ間の送信窓(TAS)パラメータを、実測した5G遅延の上限値に基づいて慎重に調整する必要があることが分かっています(参照*6)。遅延やジッタの影響は仕様書上の数値だけでは判断できず、実環境での測定と調整が不可欠になります。
TSN・5G統合の理想と制約
無線ネットワークは設置の柔軟性やコスト面で優位性がありますが、製造システムが要求する厳密な遅延制約や高い信頼性を常に満たせるわけではありません。5Gの超高信頼・低遅延通信(URLLC:Ultra-Reliable Low-Latency Communication)機能は産業用無線ネットワークに可能性をもたらすものの、屋内工場環境において遅延に上限のある通信を実現するには、5GとTSNを統合した仕組みが必要です(参照*7)。
産業用オートメーション分野では、ハイパーバイザ(仮想化基盤)の遅延を数百マイクロ秒の範囲に収めることが求められます。米国のBroadcom Inc.が提供するVMware Cloud Foundation 9.0の仮想スイッチ技術では、低遅延・制限されたジッタ・確定的なネットワーク属性という産業制御システムの厳しい要件に応える設計が進められています(参照*8)。TSNと5Gの統合は有望な技術方向ですが、個々の工場環境に合わせた組み合わせの検証なしには、理想どおりの性能を引き出すことが難しい領域です。
サイバーセキュリティと可用性の両立
スマートファクトリーでは、セキュリティ対策と制御システムの可用性を同時に確保する必要があります。OTシステムの多くはリアルタイム通信プロトコルに依存しており、これらのプロトコルが妨害されると重要な工程に遅延や障害が生じます。一般的なIT向けのTCP/IPプロトコルはリアルタイム通信向けに設計されておらず、OT環境にそのまま適用すると遅延やジッタを引き起こす可能性があるため、専用のプロトコルやハードウェアが必要になります(参照*9)。
産業用オートメーション・制御システム向けのセキュリティ標準であるISA/IEC 62443は、電子的にセキュアな制御システムを実装・維持するための要件とプロセスを体系的に定めた規格群です。この標準はOTとITのギャップ、そしてプロセス安全とサイバーセキュリティのギャップを橋渡しする包括的なアプローチを採用しています(参照*10)。セキュリティを強化すれば通信経路や処理が増え、可用性や遅延に影響が出るため、両者のバランスをどこで取るかは個別の環境ごとに判断が求められます。
第二の壁:現場・既存設備との不整合
レガシー設備と新規プロトコルの共存
多くの工場では、長年稼働してきた既存設備と新しい通信プロトコルをどう共存させるかが課題になります。産業用ネットワーク市場では、2025年版の市場シェアレポートによると、新規設置ノードにおいて産業用イーサネットが全体の76%を占め前年の71%から5ポイント増加した一方で、従来型のフィールドバスは22%から17%に減少しています。無線系ネットワークは7%程度で横ばいです(参照*1)。
イーサネット化が進むなかで、既存の制御ネットワークからTSNへの移行は、製造現場の稼働を維持しながら段階的に進める戦略が現実的とされています。CC-Link IE TSNなどの技術を活用すれば、既存のイーサネット規格との互換性を保ちつつ段階的な更新が可能です(参照*2)。ただし、従来のPLCアーキテクチャは物理的な設置場所の固定、制御対象デバイスへの直接接続、予測可能で最小限のネットワーク経由、共有インフラへの限定的な露出といった暗黙の前提に依存しています。仮想化によってPLCソフトウェアが仮想マシン上に展開されると、制御ロジックの実行が基盤となるコンピュート・ストレージ・ネットワークの挙動に依存するようになり、これらの前提が崩れます(参照*11)。レガシー設備との共存は、単にプロトコルを合わせるだけでなく、制御の前提条件そのものを見直す作業を伴います。
無線環境構築の物理的障壁
遠隔オペレーションの実現には安定した無線通信が不可欠ですが、工場特有の物理環境が大きな障壁となります。金属やコンクリートで覆われたプラントは電波を遮蔽し、Wi-Fiで無線環境を構築しようとするとアクセスポイントの台数が膨大になる見込みとなるケースがあります。さらに、Wi-Fiでは移動中にアクセスポイントが切り替わる際に通信が途切れることもあり、実用上の制約となります(参照*4)。
こうした環境では、事前に建物や設備の高さ、外観の材質まで考慮した3次元的な電波シミュレーションが行われる場合があります。同じ事例では、シミュレーション結果と実際の構築後の電波測定結果がほぼ一致しており、見積り段階で高精度な調査結果が得られたことが確認されています(参照*4)。無線環境の構築は、現場の物理条件に依存する度合いが大きく、一般的なスペック比較だけでは自社工場への適用可否を判断しにくい領域です。
第三の壁:運用体制と人の課題
OT・IT連携の組織的ハードル
スマートファクトリーの実現には、制御系のOTと情報系のITを担う部門が連携して設計・運用にあたる必要があります。製造ネットワークの設計指針として、ネットワーク設計者、OTとITの連携チーム、そしてシステムインテグレーターを対象に、制御の可用性と予測可能性が安全・品質・稼働率に直結する製造ネットワークの設計が求められています(参照*11)。
さらに、インフラベースの自律移動ロボットシステムなどでは、ハードウェアとソフトウェアの両面でシステム統合が大きな課題になり、無線通信や制御システムの耐障害性においてジャミングやなりすましなどのセキュリティ脅威への対処も必要です(参照*12)。OTとITの組織的な分断が残ったままでは、技術的に優れたシステムであっても運用段階で齟齬が生じやすくなります。
免許取得・規制対応の実務負荷
ローカル5Gの導入には、通信技術の選定だけでなく無線局免許の取得という実務的な負荷が伴います。ある企業では、無線局の免許を自社名義で取得する方針をとりましたが、公開されている「ローカル5G免許申請支援マニュアル」を自力で読みこなし、電波法に基づく開設計画書などの各種書類を作成する難易度が非常に高いことが指摘されています。そのため、無線局免許取得を支援するサービスの存在が導入の後押しとなりました(参照*4)。
遠隔オペレーション導入課題は、通信品質や制御精度といった技術面だけに閉じません。免許申請や規制対応といった手続き面の実務負荷が想定以上に大きく、それを支援できるパートナーの有無が導入の成否を左右する場合があります。
事前検討・比較が難しい理由
カタログ情報では見えない適合性
遠隔オペレーション導入課題の多くは、カタログや仕様書に記載された数値だけでは判断できない性質を持っています。たとえば5GとTSNの統合では、5G区間の確率的な遅延がTSNスケジューリングに与える影響を、実測した遅延の上限値に基づいて調整する必要があることが実験で確認されています(参照*6)。カタログ上のスペックが同等であっても、組み合わせる機器や工場の物理環境によって実際の性能は大きく異なります。
OT環境ではIT向けの汎用プロトコルがそのまま使えないケースも多く、専用のプロトコルやハードウェアによるリアルタイム通信の確保が求められます(参照*9)。通信・映像・操作UI・セキュリティなど複数の要素が絡み合う遠隔オペレーションでは、個々の製品スペックを足し合わせてもシステム全体の適合性は見えてきません。
実機検証と展示会活用の重要性
こうした適合性の問題を解消するには、実機に触れて動作を確認できる場が有効です。日本無線の実証実験ラボは、2021年にローカル5Gの実用局として開設され、顧客との協働による実証実験の場として多く活用されています(参照*3)。また、VMware Cloud Foundation 9.0の産業向け仮想スイッチ技術の紹介では、産業用イーサネットスイッチとの組み合わせや遅延の計測など、実機や検証環境を前提とした説明が含まれています(参照*8)。
実証ラボは特定の技術の検証には適していますが、複数ベンダーの技術を横断的に比較するには展示会が有効な手段となります。通信・映像・操作インターフェース・システム連携といった要素をまとめて見比べながら、実際の活用イメージまで確認できる点が展示会の強みです。導入担当者にとっては、自社の現場条件に近い構成を一度に比較・検討し、判断材料を得る場として活用できます。
関連製品の紹介
過去の展示会では、遠隔オペレーション導入課題に関連する以下のような製品・技術が出展されています。
株式会社 テクノマセマティカル
リアルタイム遠隔監視・操作センターソリューション
ロボット、ドローン、自動運転、遠隔操作などの分野で、様々な現場装置とお客様センターとのリアルタイムな映像・音声コミュニケーションを実現します。
ハイテクインター株式会社
マルチキャリア・ローカル5G対応 産業用ルータ HW5G-3100-SSD
HW5G-3100-SSDは、産業用動作温度をサポートした小型で軽量な5G対応ルータです。キャリア/ローカル5Gに対応 →高速・大容量・低遅延の通信を実現。ロボットの監視制御などを遠隔から操作可能。LAN/WAN環境にギガビットLANポート配備 →2.5Gbpsのイーサネットポートを搭載 2×2MIMOに対応し、高速アップリンクを実現。優れた耐久性で屋外設置に最適 →広い動作温度かつ、軽量/小型筐体 ※防水仕様ではありません。・5G/LTE対応 ・マルチキャリア対応(SSM型番にて、順次対応予定) ※各型番の製品は、対応キャリアが固定となります。 ・2.5Gbpsのイーサネットポート搭載 ・2x2MIMO対応で高速アップリンクを実現 ・-30~+60℃の広い動作温度 ・軽量・小型筐体(77.4 x 68.5 x 26mm) ・省電力/DC5~32V駆動 ・シンプルなGW機能搭載(ポート転送、DHCPサーバー、DDNS、NTPクライアント)
このような出展では、通信の低遅延性や映像品質、操作性といった要素を実機デモで確認できるため、カタログだけでは把握しにくい実運用時の感覚をつかむことができます。スマートファクトリーにおけるリアルタイム制御や遠隔オペレーション導入課題に取り組む企業にとって、構成技術を横断的に比較できる貴重な機会です。
おわりに
スマートファクトリーやリアルタイム制御は、通信・制御・映像など複数技術の組み合わせで成り立つ分野です。
そうした中で、自社の技術がどの構成の中で価値を発揮するのかを示す場として、展示会の活用が進んでいます。
リモートオペレーションEXPOは2026年12月に初開催予定です。
参照
- (*1) 組込み技術ラボ – 産業ネットワークの概要と市場動向
- (*2) 株式会社マグナ・ワイヤレス – TSN(Time Sensitive Networking)完全ガイド|産業用ネットワーク構築の実践手法
- (*3) Japan Radio Co.,Ltd. – ローカル5G|JRC 日本無線株式会社
- (*4) 法人のお客さま|NTT東日本 – 株式会社日本海水さま ローカル5Gシステムで工場DXを推進! ~日本海水赤穂工場でローカル5Gを導入~
- (*5) What is TSN, how does it work & why is it important?
- (*6) arXiv.org – An Empirical Study
- (*7) arXiv.org – [2501.13138] Scalability Analysis of 5G-TSN Applications in Indoor Factory Settings
- (*8) VMware Cloud Foundation (VCF) Blog – Revolutionizing the Factory Floor: Introducing the Industrial vSwitch in VMware Cloud Foundation 9.0
- (*9) Loss of Availability
- (*10) isa.org – ISA/IEC 62443 Series of Standards – ISA
- (*11) Cisco – Dual Fabric Architecture for Virtualized Industrial Applications
- (*12) Infrastructure-based Autonomous Mobile Robots for Internal Logistics – Challenges and Future Perspectives
